福岡県民の通過儀礼!東雲堂『二〇加煎餅(にわかせんぺい)』のお面で遊ぶ昭和・平成の儀式と懐かしのCM

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昭和・平成あるある~「二〇加煎餅(にわかせんぺい)」のお面を食べる前に、必ずあの半面を顔に当てて遊ぶ儀式があった。

福岡・博多の土産物として、真っ先に思い浮かぶものの一つが、あの印象的な「たれ目」のキャラクターが描かれた東雲堂の『二〇加煎餅(にわかせんぺい)』です。

昭和から平成にかけて、福岡県内はもちろん、九州各地の家庭には必ずと言っていいほど、あの黄色い箱が鎮座していました。そして、箱を開けた瞬間に始まるのが、食べる前の「絶対的な儀式」です。

そう、同封されている「あの半面」を顔に当てて、にわか面になりきる遊びです。

「たまには喧嘩に負けてこい」というフレーズでお馴染みのテレビCMとともに、私たちの記憶に深く刻まれている二〇加煎餅。本記事では、福岡県民なら誰もが一度は通った「お面遊び」の思い出や、時代を超えて愛される煎餅の魅力、そして昭和・平成の博多の風景を熱く語り尽くします。

1. 博多のソウルフード『二〇加煎餅』とは?お面のルーツと歴史

まずは、なぜこのお煎餅にお面がついているのか、その歴史から紐解いていきましょう。

博多仁和加から生まれたユーモアの象徴

二〇加煎餅のモチーフとなっているのは、博多の郷土芸能である『博多仁和加(はかたにわか)』です。博多仁和加は、お面を被って即興の笑いや謎かけを披露する伝統芸能。その際、顔を隠すために使われるのが、あのお馴染みの半面なのです。

明治時代から続く東雲堂が、この博多のユーモアを菓子に託して誕生させたのが二〇加煎餅でした。煎餅そのものがお面の形をしているだけでなく、箱の中に本物のお面(紙製)が同封されているというサービス精神が、博多っ子の心を掴みました。

昭和・平成の「お土産」といえばこれだった

今でこそ福岡土産は多岐にわたりますが、昭和から平成初期にかけて、親戚への手土産や県外への出張土産といえば、二〇加煎餅が不動の地位を築いていました。あのお面がついているだけで、子供たちは大喜び。単なる「お菓子」の枠を超えた、「エンターテインメント・スナック」の先駆けでもあったのです。


2. 食べる前の絶対儀式!お面を顔に当てて始まる撮影会(昭和・平成版)

箱を開けて、煎餅を取り出す前に必ず行われるのが、あのお面を使った遊びです。

誰もが「たれ目」になる魔法のお面

あのお面を顔に当てた瞬間、どんなにキリッとした顔の子供も、情けなくも愛嬌のある「にわか顔」に早変わりします。

サイズ感が絶妙な「半面」

顔全体を覆うのではなく、目元だけを隠す絶妙なサイズ。これがまた、子供の顔にフィットするのです。ゴム紐を耳にかける時のワクワク感。鏡を見て自分の顔が「たれ目」になっているのを確認して大爆笑する。これが福岡の家庭における標準的な午後の光景でした。

昭和の「木製カメラ」から平成の「デジカメ」へ

昭和の時代、お面を被った子供の姿は、お父さんが構えるフィルムカメラに収められました。現像されるまで結果が分からないスリル。アルバムを開けば、必ず一枚は「にわか面」を被ってピースをする自分の写真が出てくるはずです。

平成に入ると、それが使い捨てカメラやデジタルカメラに変わりました。撮ったその場で確認できるようになったことで、お面遊びはさらにヒートアップ。「煎餅を食べる」という目的を忘れて、いかにお面を面白く使いこなすかという「にわか選手権」が各家庭で開催されていました。


3. 伝説のテレビCM「たまには喧嘩に負けてこい」の衝撃

福岡県民、いや九州人なら100%口ずさめるのが、二〇加煎餅のテレビCMです。あの素朴な映像とナレーションこそが、昭和・平成の「あるある」を象徴しています。

「ごめん、ごめん」と謝る少年の健気さ

CMの内容は至ってシンプル。友達と喧嘩して泣いて帰ってきた少年「ぜんじ君(東雲堂のCMモデル)」に対し、おじいちゃんやお母さんが叱咤激励し、最終的に少年がお面を被って友達の家へ謝りに行くというストーリーです。

「たまには喧嘩に負けてこい」の深み

このフレーズ、今聞くと非常に深い教育的メッセージが込められています。ただ勝つことが全てではない、負けを認めて素直に謝ることの美学。それを博多のユーモアで包み込む。あのCMが何十年も変わらずに流れ続けていたことは、福岡の精神的支柱の一つでもありました。

平成になっても変わらなかった「昭和レトロ」な映像

平成の時代、周りのCMがどんどんCGや高画質映像に切り替わっていく中で、二〇加煎餅のCMだけは、あの少し色あせた、温かみのある映像のままでした。夕方のニュース番組の間や、土曜日の昼下がりに流れるあのCMを見ると、誰もが「あ、煎餅食べたいな」ではなく、「あ、福岡だな」という郷愁を感じたものです。


4. 二〇加煎餅あるある!福岡県民が語る「お面」と「味」の思い出

ここからは、実際に二〇加煎餅を愛してきた私たちが経験した「あるある」を列挙していきます。

お面のゴム紐がすぐ切れる問題

あのお面は厚紙でできていますが、耳にかけるゴム紐を止めている穴が意外と脆いのです。はしゃぎすぎて引っ張りすぎると、ブチッと穴が裂けてしまう。あの瞬間の、この世の終わりかのような絶望感。お母さんにセロハンテープで補強してもらったお面は、少し不恰好ですが、それもまた思い出の味でした。

煎餅が意外と「硬い」という事実

二〇加煎餅は、卵をたっぷりと使った素朴な甘さが特徴の煎餅です。しかし、これが意外としっかりとした硬さがあります。

「パリッ」というより「ガリッ」

子供の歯ではなかなか手強い硬さ。でも、噛めば噛むほど広がる卵の香りと、口の中でゆっくり溶けていく感覚。お面で十分に遊んだ後に、その「お面」と同じ形をした煎餅をバリバリと食べる。この背徳感(?)と満足感のサイクルこそが、二〇加煎餅の醍醐味です。

誰がどのお面(サイズ)を取るかの争奪戦

二〇加煎餅には、小・中・大とサイズバリエーションがあります。大きな箱を買うと、中には特大サイズのお煎餅が入っていることも。兄弟がいる家庭では、誰が一番大きなお面(煎餅)を食べるかで、また新たな喧嘩が勃発します。結局、「たまには喧嘩に負けてこい」の精神で、お兄ちゃんやお姉ちゃんが譲る形になるのも、二〇加煎餅の教え(?)だったかもしれません。


5. 平成の進化:ドラえもん、エヴァンゲリオン…コラボの衝撃

伝統を守り続ける二〇加煎餅ですが、平成の後期から令和にかけて、驚くべき進化を遂げました。それが『コラボレーション二〇加煎餅』です。

あの有名キャラクターたちが「たれ目」に

まさかの『ドラえもん』や『エヴァンゲリオン』、さらには人気アイドルグループや映画とのコラボレーション。キャラクターたちがみんな、あの「たれ目のにわか顔」になっているお煎餅とお面が登場した時は、福岡県民全員がひっくり返りました。

伝統と革新の融合 「伝統的な博多土産が、こんなに柔軟に今の文化を取り入れるなんて!」と、多くの人が衝撃を受けました。しかし、どんなキャラクターになっても、あの「食べる前の儀式(お面被り)」が変わることはありません。お父さんは普通の二〇加煎餅、子供はドラえもんの二〇加煎餅。時代に合わせて形を変えながらも、遊び心を忘れない姿勢が、新たなファンを増やし続けています。


6. 結論:二〇加煎餅は、博多の「優しさ」を象徴するお菓子

「二〇加煎餅を食べる前に、お面で遊ぶ」。

この何気ない日常の風景には、博多という街が大切にしてきた「笑い」「ユーモア」「素直さ」がすべて詰まっています。

失敗しても、お面を被って笑って謝ればいい美味しいお菓子を食べて、みんなで笑顔になればいい

そんなシンプルな幸せを、あの一枚の煎餅とお面が教えてくれました。昭和の時代も、平成の時代も、そしてこれからの時代も、福岡県民の心の中には、あの黄色い箱とたれ目の笑顔が居座り続けることでしょう。


7. まとめ:今こそ、あの「半面」を被って笑ってみませんか?

この記事を読んで、久しぶりに二〇加煎餅の味が恋しくなったあなた。あるいは、押し入れの奥のアルバムに、あのお面を被った幼い自分の写真を見つけたあなた。

二〇加煎餅は、ただのお菓子ではありません。それは、家族や友達と過ごした温かな時間の「証(あかし)」です。

大人になって、謝ることが難しくなったり、強がってばかりの毎日を送っていたりするかもしれません。そんな時こそ、二〇加煎餅を買いに行きませんか?

箱を開け、お面を取り出し、鏡の前でそっと顔に当てる。 そこには、あの頃と変わらない、少し情けなくて、でも最高に愛くるしい「にわか顔」のあなたが映っているはずです。

「ごめん、ごめん」と笑いながら、パリッと一枚。 博多の歴史と家族の思い出が詰まった、優しい卵の味が、あなたの心をそっと解きほぐしてくれるに違いありません。

さあ、今日は誰に二〇加煎餅を買って帰りましょうか。