平成あるある(昭和も)~「10円ガム(フィリックスガム)」で当たりが出ると、もう一個もらえるのが地味に嬉しい。
平成、そして昭和。私たちの幼少期の放課後は、常に10円玉数枚とともにありました。近所の公園のそば、あるいは細い路地の奥にひっそりと佇む駄菓子屋。そのレジ横や棚の特等席に鎮座していたのが、赤いパッケージに黒い猫のキャラクターが描かれた「10円ガム(フィリックスガム)」です。
10円という、子供のお小遣いでも気軽に買える最小単位の投資。しかし、そこには「もう一個もらえる」という、人生で最初に味わう「ギャンブルの興奮」と「等価交換を超えた喜び」が詰まっていました。
本記事では、この伝説の駄菓子「フィリックスガム」を中心に、当たりが出た時のあの高揚感、駄菓子屋のおばちゃんとの駆け引き、そして時代が変わっても色褪せない「10円の価値」について徹底的に解説します。
1. 10円ガムの代名詞「フィリックスガム」とは?
まずは、この商品の基本情報を整理しておきましょう。
丸川製菓という愛知県の誇り
「フィリックスガム」を製造しているのは、愛知県名古屋市に本社を置く丸川製菓です。オレンジマーブルガムなどで知られる、まさにフーセンガム界の巨塔。1960年代から続くこのロングセラー商品は、昭和、平成、そして令和の子供たちに愛され続けています。
なぜ「フィリックス」なのか
パッケージに描かれているのは、世界的に有名なキャラクター「フィリックス・ザ・キャット」。実は初期の頃は少しデザインが異なる「エフガム」という名前でしたが、後に正式にライセンス契約を結び、あの親しみやすいデザインになりました。 ちなみに、中身はイチゴ味。あの独特の、少し人工的で、けれど抗いがたい甘い香りは、嗅ぐだけで一瞬にして平成の放課後にタイムスリップさせてくれます。
2. 平成あるある:包み紙を開く瞬間の「あの緊張感」
10円ガムの醍醐味は、味そのもの以上に、包み紙の裏側に隠された「運命」にあります。
独特の折りたたみ方
正方形の薄い紙に包まれた、四角いピンク色のガム。その紙は、絶妙な角度で折り畳まれていました。爪を立てて慎重に、けれど急いで開くあの瞬間。 「はずれ」の文字が見えた時の脱力感と、「あたり」の赤い文字が目に飛び込んできた時の心拍数の上昇。これこそが、平成の子供たちが放課後に求めていたスパイスでした。
「あたり」の文字の神々しさ
「あたり」が出ると、その場で買ったお店に持っていけば、もう一個新しいガムと交換してもらえます。 10円しか持っていなかったはずなのに、自分の手元には2個のガムがある。この「元手が増える」という体験は、子供心に強烈な万能感を与えてくれました。
はずれの裏にある「おみくじ」
たとえ「はずれ」であっても、包み紙の裏には「あみだくじ」や「占いの結果」が書かれていることが多く、一粒で二度楽しめる工夫がなされていました。 「今日の運勢:大吉」 それだけで、テストの点数が悪かった日の帰り道も少しだけ明るくなったものです。
3. 駄菓子屋のおばちゃんとの「交換」というコミュニケーション
当たりが出た後、それを店主に持っていくプロセスもまた、一つのエンターテインメントでした。
証拠の紙を差し出す儀式
「おばちゃん、当たり出た!」 意気揚々と差し出す、少し指の脂がついた包み紙。おばちゃんは老眼鏡をずらしながら「はいはい、上手だねえ」と新しい一個を差し出してくれる。 この短いやり取りの中に、地域社会の温かさと、ルールに基づいた誠実な取引の基礎がありました。
「その場で開ける」のがマナー
当たりで交換してもらった新しい一個を、またその場ですぐに開ける。もしそこで再び当たりが出れば、いわゆる「連続当たり」です。 伝説的なエピソードとして、3連続、4連続で当たりを引き当て、最終的に10円で5〜6個のガムを手に入れた強運の持ち主がクラスに一人はいたはずです。その時の彼は、間違いなくその日のヒーローでした。
4. 時代背景:昭和から平成へ。10円が持ち続けた「重み」
今の時代、10円で買えるものはほとんどありません。しかし、平成中期頃までは、10円は立派な「一単位の通貨」として機能していました。
消費税導入と10円ガム
1989年(平成元年)に3%の消費税が導入された際、多くの駄菓子が「10円+税」という計算に苦しみました。しかし、多くの駄菓子屋さんは「子供相手に1円玉のやり取りは面倒」と、税込み10円を維持するか、あるいは店独自のサービスで対応していました。 その後、5%、8%、10%と増税が進む中で、ついに「10円ガム」も価格改定や内容量の調整を余儀なくされましたが、それでも「10円」という響きを守り続けようとするメーカーの努力には敬意を表さずにはいられません。
コンビニにはない「駄菓子屋文化」
コンビニで10円ガムを買うことはできますが、そこには「当たりでもう一個」というライブ感は希薄です。バーコード決済でスマートに決済する現代において、小銭を握りしめて当たりを主張するあの泥臭い体験こそが、平成あるあるの核心なのです。
5. 技術的側面:フーセンガムとしての実力
当たり外れに注目しがちですが、フィリックスガムは純粋にガムとしてのクオリティも高かったことを忘れてはいけません。
フーセンを膨らませる練習
駄菓子屋のガムは、噛み始めの数分間が最も甘く、その後急速に味がなくなります。しかし、味がなくなってからが「フーセン」の本番です。
- 舌の上で丸く広げる。
- 歯の間から空気を通す。
- 限界まで膨らませて、鼻の頭までくっつける。 この一連の技術を、私たちはフィリックスガムを通じて習得しました。たまに欲張って2個、3個と一気に口に入れて、顎を疲れさせながら巨大なフーセンに挑戦したのも、懐かしい思い出です。
独特の「噛み心地」
最初は少し固く、噛むほどに弾力が増していくあのテクスチャ。現代のキシリトールガムのような洗練された食感とは正反対の、粘り気のある「ザ・ガム」という感覚。あの噛み応えこそが、子供時代の満足感に直結していました。
6. 現代における10円ガムの立ち位置
令和の現在、かつての駄菓子屋は姿を消しつつあります。しかし、10円ガムの文化は形を変えて生き残っています。
スーパーの駄菓子コーナー
今、フィリックスガムを最も見かけるのは、ショッピングモールの「駄菓子屋さん風コーナー」でしょう。そこでは、数十個入りの「大人買いボックス」も売られています。 かつて当たりを夢見て10円を投じた少年が、今や数千円を支払って箱買いをする。そこには「当たりが出るまで開封し放題」という夢の実現がありますが、同時に、あの一枚の紙に一喜一憂した純粋なドキドキ感へのノスタルジーも含まれています。
知育としての「当たり」システム
「投資したものが、運が良ければ増える」という当たり付きシステムは、リスクとリワードの概念を学ぶ最初の教育だったのかもしれません。当たれば嬉しい、外れれば悔しい。その小さな感情の起伏が、子供たちの心を豊かに育んでくれました。
7. 結論:10円ガムの当たりは「小さな幸せの原体験」
私たちが「10円ガムの当たりが地味に嬉しい」と語る時、それは単に10円を得したことへの喜びではありません。
それは、「自分の選んだ一個が、当たりという特別なものだった」という選ばれし感覚。 そして、「日常の中に、ちょっとした幸運が紛れ込んでいる」という希望の再確認だったのです。
平成という時代は、今ほどデジタルな娯楽が溢れてはいませんでした。だからこそ、たった一枚の包み紙の裏に書かれた文字に、私たちは人生の喜びを見出すことができました。
8. まとめ:今こそ、あの「赤いパッケージ」を探してみよう
大人になった今、10円という金額は、落ちていても拾うのをためらうほど小さなものかもしれません。しかし、もし街角でフィリックスガムを見かけたら、ぜひ10円(あるいは現在の価格の小銭)を払って、一個買ってみてください。
- イチゴの甘い香り。
- 包み紙を開く瞬間のワクワク。
- 「あたり」か「はずれ」かを見届ける、ほんの数秒間の静寂。
そこには、忙しい毎日の中で忘れてしまった、純粋な「楽しみ」が眠っています。もし当たりが出たら、恥ずかしがらずに店員さんに伝えてみましょう。 「これ、もう一個もらえますか?」 その瞬間、あなたの心は確実に、あの輝いていた平成の放課後へと帰ることができるはずです。
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