「遥かな夢がはじけます〜♪」脳内再生が止まらない!福岡県民が愛するさかえ屋「なんばん往来」とピエトロドレッシングの懐かしさ

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はじめに:福岡育ちなら絶対にわかる、あの2つの記憶

平成あるある~福岡県民のお茶の間を彩った、さかえ屋の「なんばん往来」のCMソングがふとした瞬間に脳内再生される。

福岡ローカル「ピエトロドレッシング」のおじさんの顔を見ると、実家に帰ってきたような安心感がある。

福岡で育った人なら、きっと経験があるはずです。何気なく過ごしているとき、どこからともなく脳内に流れてくるあのメロディ——「遥かな夢がはじけます〜♪ 優しい笑顔がこぼれます〜♪ 小さな〜愛が〜生まれます〜♪」。

さかえ屋の「なんばん往来」のCMソングです。テレビで何度も何度も流れてきたあの澄んだ歌声は、一度耳に入るとなかなか離れてくれません。ふとした瞬間に、お風呂に入っているときに、散歩しているときに、どこからか聞こえてくるあの旋律——これが福岡育ちの共通体験です。

そしてもうひとつ。スーパーの食品売り場でピエトロドレッシングの瓶を手に取ったとき、あのパッケージのおじさんの顔を見ると、なぜか「実家に帰ってきた」ような安心感が胸に広がる。これも、福岡で育った人ならうなずいてもらえるのではないでしょうか。

本記事では、この2つの「福岡あるある」を入口に、それぞれの商品の歴史と地元への深い根づきを、事実に基づいて振り返ります。


第1章:さかえ屋「なんばん往来」とはどんなお菓子か

「なんばん往来」は、福岡県飯塚市に本社を置く株式会社さかえ屋が製造・販売する焼き菓子です。1984年の発売以来、40年以上にわたって愛されてきたロングセラー商品で、累計販売個数は1億5千万個以上を数えます。

商品の特徴は、アーモンド粉100%で焼き上げたしっとりとした生地を、薄くサクッとしたパイ生地で包み、その間に甘酸っぱいジャムをサンドした構造にあります。定番のラズベリーや糸島プレミアムミルク味のほか、九州の旬の素材を使った季節限定フレーバーも展開されています。

名前の由来は、かつて長崎から小倉へと砂糖やアーモンドなどの南蛮文化が伝わったルート「長崎街道(シュガーロード)」にあります。その街道の宿場町のひとつが飯塚であり、南蛮文化とともに栄えた菓子文化へのオマージュとして「南蛮を往来した人々」を商品名に刻んだのです。発売までに実に13年もの歳月をかけて素材と製法を磨き上げたという、並々ならぬ開発へのこだわりがこのお菓子には込められています。

パッケージにはポルトガル人をイメージした異国のおじさんの横顔があしらわれており、このレトロな意匠も長年変わらぬ親しみやすさのひとつとなっています。


第2章:あのCMソングはなぜ記憶に刻まれるのか

「遥かな夢がはじけます〜♪ 優しい笑顔がこぼれます〜♪ 小さな〜愛が〜生まれます〜♪」

なんばん往来のCMソングは、澄んだ女性の歌声でこのフレーズを繰り返すシンプルな構成です。長年にわたってこのCMソングを歌っていたのは山崎真公子さんで、その透明感のある歌声は福岡のローカルテレビ視聴者の記憶に深く刻まれました。なお、2021年頃からCMソングの歌い手が変わっており、新バージョンのCMも制作されています。

CMの映像にはオルゴールの人形が登場し、温かみのある世界観を演出していました。商品情報を前面に出すのではなく、ゆったりとした時間の流れと「優しさ」のイメージを伝えることに徹したCM構成は、視聴者に安らぎを与えるものでした。

なぜこのCMソングがこれほど記憶に残るのか——それは「繰り返し」の力にあります。子どものころから平成・令和を通じてテレビで何度も何度も流れてきたこのメロディは、意識せずとも耳と記憶に刷り込まれていきます。ある日ふとした瞬間に「あ、なんばん往来の歌だ」と気づくあの感覚は、音楽と記憶が結びついた典型的な体験といえます。


第3章:シュガーロードと飯塚——お菓子文化が育まれた土地

なんばん往来が生まれた飯塚という土地は、日本の菓子文化の歴史と深く結びついています。

江戸時代、長崎の出島は日本で唯一オランダとの貿易が認められた窓口でした。ここから輸入された砂糖やアーモンドなどは、長崎街道(シュガーロード)を通じて九州各地へ、さらに京や江戸へと運ばれていきました。飯塚はこの街道の宿場町のひとつであり、砂糖文化の恩恵を受けて菓子づくりが盛んになった土地です。

この長崎街道(シュガーロード)は、2020年(令和2年)6月に文化庁から日本遺産として認定されており、「砂糖文化を広めた長崎街道・シュガーロード」というストーリーの構成文化財のひとつとして、なんばん往来も飯塚市の代表的な銘菓として名を連ねています。

さかえ屋の前身となる菓子小売店は1949年に飯塚で創業し、1984年に株式会社さかえ屋へと組織変更されると同時になんばん往来が発売されました。その後2015年にはシャトレーゼホールディングスの傘下に入り、経営基盤を整えながら現在も味と製法を守り続けています。


第4章:ピエトロドレッシングの「おじさん」が与える安心感

もうひとつの福岡あるある——ピエトロドレッシングのパッケージにいる「ピエトロおじさん」。口を開けて陽気に笑っているように見えるあのキャラクターを見ると、なぜか「ただいま」という気持ちになる福岡県民は少なくないでしょう。

ピエトロによると、「ピエトロおじさん」は母がイタリア人、父が日本人という設定で、口を開けているのはカンツォーネを歌っているからだといいます。それ以外の詳細なパーソナル情報はまだ謎に包まれていると、ピエトロ担当者が語っており、このどこか謎めいた存在感がまたキャラクターの魅力のひとつになっています。

ピエトロドレッシングの歴史は、1980年(昭和55年)に福岡市中央区天神で「洋麺屋ピエトロ」が開業したことに始まります。店名の由来はイタリア民話「羊飼いのピエトロ」にちなんだものです。店で提供していたサラダのドレッシングが「野菜嫌いの子どもがお店ではサラダを食べる」と評判になり、持ち帰りたいという来店客の声を受けて1981年に店頭販売を開始しました。

国産タマネギと九州産の醤油をベレンドした「和風しょう油ドレッシング」は、その独特の風味が口コミで広まり、1983年には大丸福岡天神店での販売が決まります。百貨店の陳列前にかごからお客様がドレッシングを持っていってしまうほどの人気で、スチュワーデス(現・客室乗務員)が福岡土産として東京に持ち帰るほどだったといいます。1985年に株式会社ピエトロを設立、1990年には古賀市に自社工場が完成し、本格的な全国展開が始まりました。


第5章:「福岡ローカル」から全国へ——ふたつのブランドが歩んだ道

なんばん往来とピエトロドレッシングは、どちらも「福岡のローカルブランド」として出発し、それぞれの形で認知を広げてきた点で共通しています。

なんばん往来は福岡県内のスーパーや土産物店で長年親しまれ、「隠れた日本のお土産日本一になったこともある」とも語られるほど地元での支持が厚い商品です。現在は博多駅マイング店など複数の店舗展開に加え、ふるさと納税の返礼品としても選ばれており、福岡県外の人々にも届くようになっています。

ピエトロドレッシングは1998年に全国ネットでのテレビCMを開始し、今では全国のスーパーで広く手に入る商品となりました。しかし福岡県民にとっては「もともと天神のあのお店から始まったもの」という地元意識があり、全国区になってからもどこか「自分たちのもの」という親しみが続いています。


第6章:「ローカルCM・ローカルブランド」が育てる故郷の記憶

なんばん往来のCMソングが脳内再生され、ピエトロのおじさんの顔に安心感を覚える——こうした体験が成り立つのは、どちらのブランドも長い年月をかけて同じ地域のお茶の間に届き続けてきたからです。

子どものころから何度も目にし、耳にしてきた映像や音楽、パッケージは、気づかないうちに「日常の風景」として記憶に根づきます。特定の商品の名前や顔が、故郷の風景・家族との食卓・学校帰りの道と結びついたとき、それはもはや単なる商品情報ではなく「記憶の一部」になっています。

福岡を離れて暮らしている方が、帰省の際にスーパーでピエトロドレッシングを見かけたときや、テレビでなんばん往来のCMソングを耳にしたときに感じる「ああ、帰ってきた」という感覚——それがローカルブランドの持つ、数字では表せない力です。


まとめ:CMソングもおじさんも、福岡の記憶の一部だった

「遥かな夢がはじけます〜♪」と脳内で始まるあのメロディ、そしてピエトロドレッシングのパッケージで笑っているおじさんの顔——この2つは、平成を福岡で過ごした世代にとって、テレビや食卓を通じて繰り返し目にし、耳にしてきた「日常の景色」でした。

なんばん往来は1984年の発売から40年以上、ピエトロドレッシングは1981年の販売開始から40年以上にわたって、同じ味と同じ顔で福岡の食卓に寄り添ってきました。変わらないことの力——それが、あの安心感と脳内再生の正体なのかもしれません。


本記事は、株式会社さかえ屋・株式会社ピエトロの公開情報および各種報道に基づいて執筆しています。CMソングの歌唱者情報は公開されている事実の範囲で記述しています。


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