デパート屋上の100円乗り物の哀愁メロディが忘れられない!昭和・平成の屋上遊園地あるある

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はじめに:あの「ピロピロ」と鳴るメロディに、なぜか胸が締めつけられた

平成あるある~デパートの屋上にあった「100円で動くパンダや新幹線の乗り物」の哀愁漂うメロディ。

昭和から平成にかけて、家族でデパートに出かけた帰り、子どもたちが必ず立ち寄りたがった場所がありました。屋上です。そこには、100円玉を入れると前後にゆらゆら動くパンダや、ゆっくり進む新幹線、ぴょこぴょこ揺れる動物たちの乗り物が並んでいました。

100円玉を入れると、乗り物がゆっくりと動き出すと同時に流れてくる、どこか間延びした電子音のメロディ——。楽しいはずなのに、なぜか哀愁を感じさせるあの音色。動いている時間はわずか1〜2分ほどで、メロディが終わると乗り物もゆっくり止まる。「もう1回!」とねだる子どもと、「今日はおしまい」と諭す親——そんな光景が、各地のデパートの屋上で繰り広げられていました。

本記事では、デパートの屋上遊園地とコイン式遊具の歴史を振り返りながら、あの哀愁漂うメロディとともにあった昭和・平成の記憶を、事実に基づいて紐解いていきます。


第1章:デパートの「屋上遊園地」はいつ生まれたのか

デパートの屋上に遊園地が設けられるようになったのには、長い歴史があります。

現在のような形の「屋上遊園地」の第一号は、1931年(昭和6年)に松屋浅草の屋上に作られた「スポーツランド」とされています。戦後に入ると、屋上遊園地は全国の百貨店へと広がっていきました。

Wikipediaによれば、1950年代半ば(昭和30年代初め)から1960年代後半(昭和40年代半ば)にかけてが屋上遊園地の全盛期でした。現在と比べて子どもたちの娯楽が乏しかったこともあって、屋上遊園地は子どもたちにとってまさに天国であり、楽園的な存在でもありました。大正時代から昭和50年ごろまでは、日曜日ともなると家族そろって半日から1日がかりでデパートで過ごすことが行楽行事のひとつとなっており、子どもたちはおもちゃ売り場、大食堂、そして屋上遊園地を楽しみに待ち望んだといいます。

当時はまだ超高層ビルが少なかったため(霞が関ビルの完成は1968年)、デパートの屋上からの眺めは抜群でした。備え付けの望遠鏡からは遠方まで見晴らすことができ、屋上そのものが子どもにとっても大人にとっても特別な場所だったのです。


第2章:100円玉で動く「コイン式遊具」の魅力

屋上遊園地の中でも、子どもたちにとって最も身近だったのが、100円玉を入れると動き出すコイン式の乗り物です。

パンダや動物をかたどったもの、新幹線や機関車などの乗り物型のもの、自動車をかたどったバッテリーカー——さまざまな種類のコイン式遊具が屋上に並んでいました。100円玉を投入口に入れると、乗り物がゆっくりと前後に揺れたり、ゆっくりと進んだりして、子どもを楽しませてくれました。

これらの遊具の魅力は、なんといっても手軽さにありました。観覧車やゴーカートのように改めてチケットを買う必要もなく、ポケットの100円玉ひとつで気軽に乗れる。買い物の合間に、あるいは食事の前後に、ちょっとだけ乗せてもらえる——その手軽さが、子どもにとっても親にとってもちょうどよかったのです。

ゆらゆらと揺れる乗り物に乗りながら、子どもは大満足の表情を浮かべる。親はその様子を写真に撮ったり、優しく見守ったり——コイン式遊具は、家族の何気ない幸せな時間を象徴する存在でもありました。


第3章:哀愁漂うメロディの正体

コイン式遊具を語るうえで欠かせないのが、動作中に流れるあのメロディです。多くの人が「楽しいはずなのに、どこか物悲しい」と感じたあの音色には、いくつかの理由が考えられます。

まず、当時の電子音源の特性です。これらの遊具に搭載されていた音源は、シンプルな電子音(ピコピコとした単音や和音)でメロディを奏でるものが多く、現代の高音質なスピーカーやデジタル音源と比べると、素朴で素っ気ない響きを持っていました。この限られた音色で奏でられるメロディは、にぎやかさよりもどこか寂しげな印象を与えがちでした。

次に、シチュエーションの影響もあります。乗り物が動くのはわずか1〜2分ほど。メロディが流れ終わると乗り物も止まり、楽しい時間が終わってしまう——この「終わりが近づいてくる」感覚が、メロディに哀愁を重ねていた面もあるでしょう。楽しい時間ほど早く過ぎ去り、もうすぐ終わってしまうという切なさを、あのメロディは無意識に呼び起こしていたのかもしれません。

そして、屋上という開放的でありながらどこか寂寥感のある空間も、メロディの哀愁を引き立てていました。広い空の下、風に吹かれながら聞くあの電子音は、室内で聞くのとはまた違った趣を持っていたのです。


第4章:屋上遊園地が衰退した理由——消防法とアミューズメントの変化

各地のデパートを彩った屋上遊園地ですが、1970年代以降、徐々に姿を消していきました。その背景にはいくつかの理由があります。

大きな要因のひとつが、消防法の改正です。1970年代にデパートで大規模な火災が相次いで発生したことを受けて消防法が改正され、屋上の半分を避難場所として確保することが義務付けられました。これにより、観覧車やジェットコースターといった大型遊具の設置が難しくなり、屋上遊園地の魅力が減少して客足が遠のく結果を招いたとされています。

さらに、ゲームセンターや本格的なテーマパークなど、他のアミューズメント施設の台頭も屋上遊園地の衰退を後押ししました。より刺激的で大規模な娯楽施設が登場する中で、デパートの屋上という限られた空間の遊園地は、相対的にその魅力を失っていったのです。

加えて、少子化やデパート業界そのものの変化も影響しました。デパートの屋上をテナントに貸し出したり、ビアガーデンやイベントスペースとして活用したりするケースが増え、遊園地としての屋上は次第に減少していきました。


第5章:今も残る屋上遊園地と、それを守る人々

全盛期に比べると激減した屋上遊園地ですが、現在もいくつかの場所で営業を続けており、それを大切に守っている人々がいます。

報道によれば、松坂屋上野店の「屋上遊園」や、関西では松坂屋高槻店の「スカイランド」など、貴重な屋上遊園地が今も親子連れでにぎわっています。松坂屋高槻店のスカイランドは、松坂屋高槻店が開業した1979年に百貨店の開業と同時にオープンした歴史ある遊園地で、多くの遊具やゴーカート、線路を走る汽車の乗り物などが設置されています。

こうした屋上遊園地を維持するのは、決して簡単なことではありません。報道によると、遊園地自体の衰退が進む中で遊具の製造元が経営をやめてしまうケースも増え、遊具を修理する技術者が減り、部品自体が手に入りづらくなっているものもあるそうです。本体の設備は元気でも、遊んだ後に出てくる景品のキャラクターカードの製造が終了している遊具もあるなど、運営には多くの課題があると言われています。

それでも、昭和レトロな雰囲気を求めて屋上遊園地を訪れる人は少なくありません。懐かしさに癒されに来る大人や、初めての体験に目を輝かせる子どもたちの姿が、今も残る屋上遊園地を支えています。


第6章:あのメロディが呼び起こす、家族の時間の記憶

デパート屋上の100円乗り物の哀愁漂うメロディは、単なる遊具の音以上の意味を、私たちの記憶の中に持っています。

それは、家族でデパートに出かけた特別な日の記憶と深く結びついています。よそ行きの服を着て、電車やバスに乗ってデパートへ向かい、おもちゃ売り場で目を輝かせ、大食堂でお子様ランチを食べ、最後に屋上で乗り物に乗る——そんな一日の締めくくりに流れていたのが、あのメロディでした。

100円玉を握りしめて乗り物にまたがった子どもの頃の自分。それを優しく見守ってくれた親や祖父母。もう戻れないあの日の幸せな時間が、あのメロディとともに鮮やかによみがえってくる——だからこそ、あの音色は私たちの胸を締めつけるのかもしれません。

哀愁を感じるのは、メロディそのものが物悲しいからというだけでなく、それが「もう取り戻せない大切な時間」と結びついているからなのでしょう。


まとめ:哀愁のメロディは、過ぎ去った時代と家族への郷愁だった

デパートの屋上に並んでいた100円で動くパンダや新幹線の乗り物、そしてそこから流れていた哀愁漂うメロディは、1950年代から60年代に全盛期を迎えた屋上遊園地という、昭和・平成の家族の行楽文化を象徴する存在でした。

消防法の改正やアミューズメント施設の多様化によって屋上遊園地の多くは姿を消していきましたが、今も残る場所では、それを守る人々の努力によって、あの懐かしい雰囲気が大切に受け継がれています。

楽しいはずなのにどこか切なかったあのメロディ——それは素朴な電子音の響きであると同時に、家族とともに過ごしたかけがえのない時間への郷愁を呼び起こす、心の奥に刻まれた記憶のメロディなのです。デパートの屋上で過ごしたあの時間は、昭和・平成を生きた人々の心に、今も温かく、そして少しだけ切なく残り続けています。


本記事は、屋上遊園地の歴史および現状に関する公開情報・報道に基づいて執筆しています。施設の営業状況・遊具の種類は時期・店舗によって異なります。


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