【運動会あるある】スズランテープの「ポンポン裂き」という内職!家族総出で挑んだあの面倒で愛おしい準備時間

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昭和・平成あるある~運動会のダンスで、スズランテープのポンポン(ボンボン)を裂く作業を家で親に手伝ってもらう。かなり面倒。

昭和から平成にかけて、秋や春の風物詩であった学校の運動会。

徒競走やリレー、大玉転がしなど、数ある種目の中でも特に低学年や中学年の見せ場として親しまれていたのが、音楽に合わせて一斉に踊る「ダンス(表現運動)」でした。クラスごとに統一された色鮮やかな衣装や小道具を身にまとい、グラウンドいっぱいに躍動する子供たちの姿は、保護者席のビデオカメラが一斉に向かう華やかな瞬間です。

しかし、その華やかなステージの裏側には、開催の数日前、全国の家庭の居間で繰り広げられていた、地味ながらも気が遠くなるような「ある裏方作業」が存在していました。

それこそが、ダンスの主役である「スズランテープ(平テープ)で作られたポンポン(ボンボン)」を細かく裂くという作業です。

学校から「家でやってきてください」と宿題のように持たされた、まだスカスカで硬いビニールテープの束。それをボリュームのある綺麗な球体にするために、ひたすら指先で細かく裂いていく。あまりの面倒くささに、結局は親や家族が手伝う羽目になり、夜の居間がビニールの削りカスと静電気で満ちていく。本記事では、昭和・平成の運動会準備における最大の隠れた難関「ポンポン裂き」をテーマに、当時の家族の風景や、あの独特な作業のディテールについて詳しく紐解いていきます。


1. 宿命の持ち帰り:「お家で裂いてきてね」という先生の言葉

運動会の練習が本格化する時期、先生から配られるのが、スズランテープを一定の長さに束ね、中央を輪ゴムや紐で固く結んだだけの「ポンポンの原型」でした。

教室だけでは終わらない圧倒的な作業量

学校の休み時間や図工の時間だけでは、クラス全員分のポンポンを完成させることは到底不可能です。そのため、多くの学校では「自分の分は、お家で綺麗に裂いてきてください」という宿題として、自宅に持ち帰らせるスタイルが取られていました。

手渡されたばかりのポンポンは、まだ何十枚もの平たいビニールテープが重なっただけの、ただの「硬い束」です。これを、あの運動会の本番で見るようなフワフワとした、ボリュームのある状態にするためには、1枚のテープをさらに何等分、何十等分にも細かく縦に割いていく必要がありました。子供の小さな手で、左右2個分の束をすべて裂き終えるには、膨大な時間と根気が求められたのです。


2. 居間での孤軍奮闘と、見かねた親の「内職参戦」

家に持ち帰ったものの、最初はもの珍しさで楽しそうにペリペリと裂き始めた子供たちも、開始から10分も経てば、その果てしない作業量に飽きてしまいます。

爪の間が痛くなる、地道な指先の闘い

スズランテープを細かく裂く作業は、見た目以上に指先に負担がかかります。何度も何度もビニールに爪を立てて引き裂いていくうちに、爪の間が痛くなったり、指の皮膚が擦れたりしていく。
「まだ半分も終わっていない……」
と絶望する子供の横で、時計の針は容赦なく進んでいきます。提出期限は明日、あるいは数日後。泣きそうになりながら作業を続ける子供の姿を見かねて、ついにリビングのコタツやテーブルの向こうから、心強い助っ人が立ち上がります。

家族総出の「ポンポン工場」が誕生する夜

「貸してみなさい、お母さんが手伝ってあげるから」
その一言から、昭和・平成の家庭に「即席のポンポン内職工場」が落成しました。
母親だけでなく、父親や祖父母、時には歳の離れた兄弟までもが巻き込まれ、テレビのニュースやバラエティ番組を観ながら、全員でひたすらビニールテープを裂き続ける。
「もっと細かく裂かないと、本番でフワフワにならないよ」
などとアドバイスを送りながら、慣れた手つきでスピードを上げていく親の姿は、子供心にとても頼もしく、どこか職人のように見えたものでした。


3. ポンポン裂きを取り巻く、独特な「テクニック」と「トラブル」

ただ引き裂くだけに見えるこの作業ですが、より効率的に、そしてより美しく仕上げるために、それぞれの家庭で独自の知恵やテクニックが編み出されていました。

道具の導入と「静電気」という最大の敵

手の痛みを軽減し、一気に細かく裂くために、様々な身の回りの道具が活用されました。

  • クシ(髪留めのコーム): 粗いクシをテープの根元に突き刺し、一気に先端へ向かって引き抜くことで、一瞬で何等分にも裂くという裏ワザ。
  • つまようじや安全ピン: 針先を使って、細かな繊維に分けるための精密作業。

しかし、これらの道具を使うにしても、手で裂くにしても、必ず発生するのが「静電気」の嫌がらせでした。
乾燥し始める秋の空気の中、ビニール同士が擦れ合うことで強烈な静電気が発生し、裂いた先からテープが指や腕に張り付いて離れなくなります。さらに、裂く際に出る微細なビニールの削りカスが服や絨毯に付着し、掃除機でもなかなか吸い取れないという小さな二次災害も、当時のリビングにおける定番の光景でした。

根元まで裂くことの難しさ

綺麗な球体(丸いポンポン)にするための最大のコツは、結び目の「根元」ギリギリまでしっかりと裂くことでした。しかし、根元に近づくほどテープの密度が高く、力を入れすぎると紐自体がちぎれてバラバラになってしまうというリスクがありました。
「あ、ちぎれちゃった……」
という不穏な空気。輪ゴムで急遽補強したり、先生に謝って予備をもらったりした苦い経験も、今となっては微笑ましい記憶の一コマです。


4. 本番当日の輝き:家族の努力がグラウンドで花開く瞬間

数日間にわたる家族の苦労と指先の痛みを経て、ついに完成したポンポン。それを学校へ持っていく日の誇らしさは格別でした。

誰のポンポンが一番「フワフワ」か選手権

教室に集まった生徒たちのポンポンを見比べると、それぞれの家庭の「熱量」が露骨に現れていました。
大雑把に裂かれて硬い束が残っているものもあれば、家族の執念によってシルクのようになめらかで、圧倒的なボリュームを誇る球体になっているものもありました。自分のポンポンがクラスの誰よりもフワフワに仕上がっているのを見たとき、子供たちは家で手伝ってくれた親の愛と努力を、誇らしく実感したのです。

青空に映える、原色の躍動

そして迎えた運動会当日。
入場行進の合図とともに、グラウンドに整列する子供たち。先生の合図で音楽が鳴り響くと、赤、青、黄色、緑といった原色のスズランテープが、秋の澄んだ青空の下で一斉に弾けました。
大きく手を振るたびに、「シャカシャカ」と心地よい音を立てて輝くポンポン。保護者席から我が子を探す親たちにとっても、自分が夜遅くまで目をこすって裂き続けたあのポンポンの輝きは、我が子を見つけ出すための何よりの目印であり、愛おしい努力の結晶そのものでした。


5. 結論:面倒な作業のなかにあった、ぬくもりの時間

現代の教育現場では、準備の簡素化や教員の負担軽減、さらには環境への配慮から、あらかじめ完成された既製品のポンポンを購入して使用する学校が増えています。指を痛めながら、夜通しビニールテープを裂くような風景は、徐々に過去のものとなりつつあります。

便利で効率的になった現代の変化は、忙しい現代の保護者にとっても非常にありがたい進化です。しかし、あの「面倒くさくてたまらなかった時間」を振り返るとき、私たちの胸に去来するのは、ただの苦痛ではありません。

テレビの音を聞きながら、静かに手を動かし続けた家族の背中。
「不器用だねえ」と笑いながら、代わりに引き受けてくれた母親の優しい手。
本番で誰よりも輝いてほしいという、親から子への無言の応援。

効率性だけでは測れない、あのアナログで泥臭い準備期間の中にこそ、家族が一体となって子供の学校行事を支え、成長を喜び合うための「温かい余白」が確かに存在していたのです。


6. まとめ:あのシャカシャカという音は、家族からのエールだった

この記事を読んで、あの静電気のパチパチとした感触や、リビングの床に散らばったビニールのクズを思い出した方も多いのではないでしょうか。

運動会のダンスで私たちが何気なく振っていた、あのスズランテープのポンポン。それは決して、学校から支給されただけの無機質な小道具ではありませんでした。それは、我が子の晴れ舞台を想い、夜遅くまで指先を痛めてくれた家族の「時間」と「想い」が1本の紐によって固く結ばれた、世界に一つだけのお守りだったのです。

もし今、あなたの手元に古い運動会の写真があるなら、ぜひ我が子が握りしめているそのポンポンの質感に注目してみてください。驚くほど細かく、フワフワに裂かれたその1本の繊維の向こう側に、あなたのために一生懸命に手を動かしてくれた、あの日の家族の優しい笑顔がきっと見えてくるはずです。

あの日のグラウンドに響いていたシャカシャカという軽快な音。それは、不器用ながらも全力で私たちを応援してくれていた、家族からの静かなエールだったのかもしれません。


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