平成あるある~つけまつげを「2枚重ね」にして、瞬きするたびに風が起きそうなほどのバサバサ感(ドーリーメイク)を演出する。
平成の女子たちの間で、つけまつげを1枚だけ付けるのは物足りないと感じられていた時期があります。まつげの根元にまず1枚、その上からさらにもう1枚重ねる「2枚重ね」は、目力を最大限に引き出すための定番テクニックでした。瞬きをするたびに風が起きそうなほどのバサバサ感を演出するこのドーリーメイクは、平成のギャルカルチャーやプリクラ文化と共に育った世代にとって、今振り返ると懐かしくも少し照れくさい記憶ではないでしょうか。この記事では、平成を象徴するつけまつげ2枚重ねメイクについて、当時の背景やアイテム、令和との違いまで詳しく振り返っていきます。
1.つけまつげブームが生まれた時代背景
平成のメイクトレンドは、時代ごとに大きく移り変わってきました。1990年代後半から2000年代にかけては、目元の印象を際立たせるギャルメイクが全盛期を迎えます。つけまつげやカラーコンタクトを使い、目を大きく見せるアイメイクが若い世代を中心に広がりました。特に2000年代半ば以降は「盛りメイク」と呼ばれる、目元をとことん強調するスタイルが人気となり、囲み目アイラインやマスカラの重ね付けと並んで、つけまつげが欠かせないアイテムとして定着していきます。街や学校でつけまつげを持ち歩く女子が珍しくない時代が、たしかにありました。
2.なぜ「2枚重ね」が支持されたのか
1枚のつけまつげだけでは物足りないと感じる人が増えたのは、雑誌やテレビに登場するタレントやモデルの目元に憧れる気持ちが強かったからです。まつげの量感を増やすことで、目がぱっちりと大きく見え、写真映りも格段に良くなると考えられていました。当時はまだ現在のようなまつげエクステが一般的でなかったため、手軽にボリュームを出す方法として、つけまつげを重ねて貼るという発想にたどり着いた女子が多かったようです。根元用と毛先用でタイプの違うつけまつげを使い分け、自然な仕上がりよりも「盛り」を優先する価値観が広く共有されていました。
貼り方にもこだわりがあり、まず1枚目を目の際にぴったりと沿わせて貼り付け、乾いたことを確認してから2枚目を少しずらして重ねるという手順を踏む人が多かったようです。2枚目は根元だけでなく、少し外側にはみ出すように貼ることで、目尻をさらに強調する「タレ目風」の効果も狙えました。接着剤であるアイプチのりを使いこなすことも、当時の女子にとっては欠かせない技術の一つで、乾くまでの絶妙なタイミングを見極める感覚は、練習を重ねることで自然と身についていったものです。
3.瞬きで風が起きそうなバサバサ感の正体
2枚重ねのつけまつげがもたらす最大の特徴は、瞬きのたびにまつげが大きく揺れる、あのバサバサとした存在感です。まつげの毛量が単純に倍近くになるため、上下運動の幅も自然と大きくなり、まるで羽ばたいているかのような動きが生まれます。友人と話しているときや写真を撮るときに、その揺れそのものが一つの個性として楽しまれていた面もあります。マスカラを重ね塗りしてまつげ同士を束ね、さらにボリュームを強調するスタイルも並行して流行しており、目元の存在感を高めることそのものが一つの美意識になっていました。
さらにビューラーで根元からしっかりカールをつけたうえで2枚重ねのつけまつげを装着すると、まつげ全体が扇状に広がり、遠目から見てもはっきりと目元の印象が伝わるようになります。教室で友人と顔を合わせたときや、写真を撮り合うときに「今日のまつげすごいね」と褒め合うことも、当時の女子コミュニケーションの一部でした。まつげの重みでまぶたが少し重たく感じられることもありましたが、それすらも「頑張ってメイクをしている証」として受け入れられていた空気があります。
4.ドーリーメイクを支えたアイテムたち
このようなまつげ盛りメイクを語るうえで欠かせないのが、当時大きな人気を集めたつけまつげブランドの存在です。モデルとして活躍していた益若つばささんがプロデュースしたつけまつげブランドは、可愛らしさを演出するアイテムとして多くの女子から支持を集めました。デパートやドラッグストアのコスメ売り場には、さまざまな種類のつけまつげがずらりと並び、毛質や長さ、カールの強さで選べるようになっていたのも印象的です。マスカラも外資系ブランドのボリュームタイプが人気で、まつげを太く濃く見せることに重きが置かれていました。
つけまつげ以外にも、目元を大きく見せるためのアイテムは数多く登場しました。黒目を強調するカラーコンタクトや、下まぶたをぷっくりと見せる涙袋用のライナー、まつげの隙間を埋めるためのつけまつげ専用グルーなど、目元まわりのアイテムだけで洗面台の棚がいっぱいになってしまうという声もよく聞かれたものです。友人同士でおすすめのアイテムを情報交換したり、雑誌の付録についてくるサンプルを試し合ったりすることも、当時ならではの楽しみ方の一つでした。
5.今だから言える、当時のリアルな声
当時を振り返ると、慣れないうちはつけまつげをうまく貼れず、目じりが浮いてしまったり、涙でよれてしまったりする失敗も日常茶飯事でした。それでも友人同士で貼り方を教え合ったり、放課後に鏡の前で練習したりする時間そのものが楽しい思い出として残っている人も多いはずです。今のメイクの主流である「ナチュラル志向」から見ると驚くほど濃いメイクではありますが、当時はそれが自信につながる大切な自己表現の一つでした。写真を見返すと恥ずかしさを感じつつも、あの頃のパワフルな目元にどこか愛おしさを覚える人も少なくないでしょう。
学校によってはメイク自体が禁止されていたため、登校前にこっそりとつけまつげを外し、放課後になると友人と一緒にトイレの鏡の前で貼り直すという、ちょっとしたスリルを味わっていた人もいたはずです。プリクラ機の前では、盛れる角度を研究し合いながら順番待ちをする光景も日常的でした。あの独特な緊張感と高揚感は、今のスマートフォンでの自撮り文化とはまた違った青春の一コマとして記憶されています。
6.平成ドーリーメイクが令和メイクに残したもの
令和に入り、メイクのトレンドはナチュラルで肌なじみの良い仕上がりが主流となっています。アイメイクも束感を意識した繊細なスタイルが好まれ、平成の盛りメイクとは対照的な方向性です。しかし、目元の印象を大切にするという根本的な価値観は今も変わっていません。近年はレトロメイクとして平成ギャルメイクを再現する動きも見られ、当時のつけまつげ2枚重ねスタイルが新鮮なものとして若い世代に紹介される場面も出てきています。時代が一周し、平成のドーリーメイクが新しい魅力として再評価されているとも言えるでしょう。
SNS上では平成メイクを再現する動画コンテンツが話題になることも増えており、当時を知らない若い世代が興味本位で挑戦する姿も見られます。一方で、実際に平成を過ごした世代からは「まつげが重くて大変だった」「涙が出ると悲惨なことになった」といった率直な感想も語られ、懐かしさと苦労が入り混じった思い出として共有されています。こうした振り返りは、単なる懐古にとどまらず、その時代の空気感や価値観を伝える文化的な記録としての意味も持っていると言えるでしょう。
7.まとめ
つけまつげを2枚重ねて瞬きのたびに風を起こすほどのバサバサ感を演出したドーリーメイクは、平成という時代を象徴するメイク文化の一つでした。目元を大きく強調することが自信につながっていたあの頃の価値観は、今のナチュラルメイク全盛の時代とは異なる魅力を持っています。当時を経験した人にとっては懐かしい記憶として、そして経験していない人にとっては新鮮なカルチャーとして、平成のつけまつげメイクはこれからも語り継がれていきそうです。
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