平成あるある~電車の中で、新聞を折りたたんで読んでいるおじさんが絶滅し、乗客全員がスマホを持って下を向いている光景に切り替わる。
平成の通勤電車といえば、座席に座って新聞を四つ折りにしながら読んでいるおじさんの姿が当たり前の光景でした。狭い車内でも器用に紙面をたたみ、隣の乗客に気を遣いながらページをめくる様子は、平成初期から中期にかけての通勤風景を象徴するものだったと言えます。しかし平成後期に入り、スマートフォンが急速に普及すると、その光景はあっという間に姿を消していきました。今回は「新聞のおじさん」が消えていった背景と、車内の景色がどのように移り変わっていったのかを、当時の記憶をたどりながら振り返ります。
1.平成の通勤電車に必ずいた「新聞のおじさん」
平成初期から中期にかけて、通勤電車の座席では新聞を読むサラリーマンの姿が数多く見られました。朝刊を小さく折りたたみ、片手で持ちながら読み進めるスタイルは、当時のビジネスマンにとってごく自然な通勤風景の一部でした。夕方の帰宅ラッシュでは夕刊紙を読む姿もよく見られ、駅の売店やキオスクで新聞や夕刊紙を買い求める光景も日常的でした。
出勤前に駅の売店で新聞を一部買い、電車に乗り込んでから読み始めるという流れは、当時の会社員にとって一種のルーティンだったとも言えます。座席に座れた日はゆったりと紙面を広げ、立ち通勤の日は小さく折りたたんで読むといったように、状況に応じて読み方を使い分けている姿もよく見られました。
新聞を読むことは単なる情報収集の手段であるだけでなく、周囲との距離を保つための一つの動作でもありました。紙面を広げることで自分だけの空間を作り出し、通勤時間を静かに過ごすための工夫だったとも言えるでしょう。隣に座る人と目を合わせずに済むという意味でも、新聞は都合の良い道具だったのかもしれません。
2.新聞を四つ折りにする技術という平成の風景
満員電車の中で新聞を読むには、独特のたたみ方が必要でした。全面を広げるスペースがないため、紙面を縦に半分、さらに横に半分と折りたたみ、コンパクトな状態を保ちながらページをめくっていく技術です。この折りたたみ方は、当時の通勤者であれば誰もが自然と身につけていたものでした。
ページをめくる際には、隣の乗客に紙面がぶつからないよう、小さな動作で折り目を変えていく必要がありました。慣れた乗客ほど無駄のない手つきで新聞をたたみ替えており、その様子はまるで職人技のようにも見えたものです。隣の乗客に気を遣いながら紙面をめくる音や、めくるたびに紙が擦れる独特の感覚も、平成の車内ではおなじみの光景でした。
新聞紙特有のインクの匂いも、当時の車内を思い出させる要素の一つです。今振り返ると、限られたスペースの中で新聞を読みこなす姿には、ある種の器用さと通勤の知恵が詰まっていたようにも感じられます。
3.スマートフォンの普及で変わった車内の景色
平成20年代に入り、スマートフォンが一般家庭にも急速に普及していきました。それに伴い、電車内の景色は大きく様変わりしていきます。新聞や雑誌を広げる乗客の数は徐々に減少し、代わりにスマートフォンの画面を見つめる乗客の姿が増えていきました。
ニュースを読む、メールを確認する、ゲームをする、動画を見るといった行動が、すべて一台の端末でまかなえるようになったことで、紙媒体を持ち歩く必要性そのものが薄れていったと考えられます。かさばる新聞を折りたたむ手間もなく、片手で操作できる手軽さも、スマートフォンが受け入れられた大きな理由の一つでしょう。
かつては新聞を読む人、文庫本を開く人、車窓を眺める人など、乗客ごとに過ごし方がさまざまでしたが、スマートフォンの普及以降は、多くの乗客が同じように画面を見つめて過ごすようになりました。車内の光景に統一感が出てきたとも言えますが、その一方でそれぞれの個性が見えにくくなったようにも感じられます。
4.なぜ新聞からスマホへ完全移行したのか
新聞からスマートフォンへの移行が進んだ背景には、情報の速報性という要素も大きく関わっています。新聞は基本的に前日までの情報をまとめたものですが、スマートフォンであればリアルタイムでニュースを確認することができます。通勤中に最新の情報を得たいという需要に対して、スマートフォンの方が圧倒的に適していたと言えるでしょう。
また、荷物をできるだけコンパクトにしたいという乗客側の意識の変化も、この移行を後押しした要因の一つと考えられます。新聞のようにかさばるものよりも、スマートフォンのように小さく収まるものが好まれる流れが強まっていったのです。
さらに、電子書籍や漫画アプリの普及により、文庫本や漫画雑誌を持ち歩く必要も減っていきました。こうした複数の要因が重なり合い、平成後期には新聞や紙の書籍を読む乗客の姿がほとんど見られなくなっていきました。
5.電車の中の「無言化」現象
新聞を読むおじさんが消えたのと同時期に、車内全体の空気も変化していきました。かつては新聞をめくる音や乗客同士の会話が聞こえることもありましたが、スマートフォンの普及以降は、誰もが無言で画面を見つめる時間が増えていきます。
イヤホンをつけて音楽や動画を楽しむ乗客も増え、車内は視覚的にも聴覚的にも「個」の空間が強くなっていきました。全員が同じ方向を向いて座りながら、それぞれが全く別の情報に触れているという光景は、平成という時代がもたらした象徴的な変化の一つと言えるでしょう。
以前であれば新聞のページをめくる音や、雑誌をめくる音がかすかに聞こえることもありましたが、現在ではそうした音もほとんど聞こえなくなりました。車内が静かになったこと自体は快適さにつながる面もありますが、どこか無機質な空気を感じるという声も少なくありません。
6.平成から令和へ、失われた光景を振り返って
新聞を折りたたんで読むおじさんの姿は、今ではほとんど見かけることがなくなりました。令和の車内では、スマートフォンを操作する乗客の姿が当たり前の光景として定着しています。効率的で便利になった一方で、紙をめくる音や新聞紙特有の匂いといった、平成ならではの温かみのある通勤風景が失われたことを、どこか懐かしく感じる方も多いのではないでしょうか。
同じ車両に乗り合わせた見知らぬ乗客同士が、同じ新聞の見出しをちらりと見て共有していたような、ささやかな一体感も今では感じにくくなりました。情報を得る手段が個人の端末に集約されたことで、車内という同じ空間にいながらも、それぞれが完全に切り離された世界で過ごすようになったとも言えます。
時代とともに通勤スタイルは変化していきますが、こうした何気ない日常の光景を振り返ることで、平成という時代の空気感を改めて感じ取ることができるはずです。新聞をたたむ音が響いていたあの車内の記憶は、平成を生きた世代にとって、これからも懐かしい思い出として残り続けることでしょう。
7.今の若い世代には想像しにくい「紙の通勤風景」
平成後期以降に生まれ育った世代にとっては、電車内で新聞を広げて読むおじさんの姿自体、なかなかイメージしづらいものかもしれません。物心ついた頃から、車内では誰もがスマートフォンを操作しているのが当たり前の光景だったからです。
一方で、平成初期から中期を通勤者として過ごした世代にとっては、新聞を折りたたむ音や紙の匂い、ページをめくる乗客同士の何となくの距離感など、当時の記憶が今でも鮮明に残っているという方も多いはずです。同じ「電車通勤」という行為でも、世代によって思い浮かべる景色がまったく異なるというのも、時代の移り変わりを実感させる興味深い点と言えます。
こうした世代間の感覚の違いは、平成という時代を語るうえで欠かせない視点でもあります。新聞のおじさんが消えた車内の景色は、単なる懐かしい思い出であると同時に、情報との付き合い方や通勤時間の過ごし方そのものが大きく変化したことを物語っているのではないでしょうか。
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